火垂るの墓の清太の死因について疑問がある方が多いみたいです。

私も一度映画を観たのですが、よく分からなかったので、改めて、清田の死因が何だったのかをまとめたいと思います。



【火垂るの墓】清太の死因は栄養失調による衰弱死

清太の最期は兵庫県神戸市三宮駅で描写されます。

清太はホームの柱にもたれかかり、座り込んだ状態で死を迎えるのです。

この状態から清太の死因は栄養失調による衰弱死で死んだことが分かります。

ただ、清太がなぜ衰弱しているのか不思議に思った方が多いのではないでしょうか?

「清太には母の貯金7000円が残っていたし、仮にお金がなくても働けば生きられた」

このような意見がネットでは多かったです。

一応、補足すると、節子の死後、7000円はほとんど残っていませんでした。

清太は物語前半で親戚のおばさん宅から出るため、4000円で炊飯道具一式を買い揃えます。

そして、節子が栄養失調になったので、美味しく滋養のあるものを食べさせようと、残りの3千円でスイカなどを購入しました。

ですから、節子の死後には7000円はほとんど残っていませんでした。

また、なぜ、働かないのか?という意見がありました。

清太は14歳ですから、この時代では立派な労働力として評価されます。

清太一人分の給料を稼ぐ分には困らなかったでしょう。

しかし、清太は最期まで働かず、生涯を終えました。



【火垂るの墓】清太の本当の死因は節子の喪失

清太は4歳の節子を必死に飢えから守り抜こうとしました。

映画の様々な場面で節子への兄弟愛が感じられましたよね。

ただ、その節子が死んでしまい、清太は生きる目的を失ってしまいました

空襲で命を落とした母、戦争で兵士として死んだ父、そして、栄養失調でなくなった妹の節子。

このとき清太は生きる気力を失ってしまったのでしょう。

その様子は、駅でぐったりもたれかかる清太からも見て取れます。

つまり、清田の本当の死因は家族の死、とりわけ愛していた妹の死により生きる希望がなくなったことです。

清太はなぜ働かなかったのか?

清太は親戚のおばさん宅に居候しているとき、全く働きませんでした。

そのため、おばさんも「お国のために働いている人の弁当と一日中ぶらぶらしているあんたらとなんで同じ(米のご飯を食べられる)や思うの」「この非常時に」 。と小言を言います。

ただ、おばさんの主張は全くそのとおりで、清太のように戦時中で働かない若者はイレギュラーな存在でした。

清太が働きさえすれば、おばさん宅で不自由なく生活ができ、節子も死なずに済んだかもしれません。

ただ、清太は働かず、おばさん宅を出ていきます。

清太が働かなかった理由についても様々な憶測が飛び交っていますが、清太がもともと裕福な家庭で生まれたことが原因だと思っています。

「火垂るの墓」では、清太の家庭が裕福だったシーンが描かれますが、そのとき節子は「天ぷらにお造りにところてん、アイスクリーム」とかなり高価な食べ物を食べています。

また、戦争中でも清太は白米を食べているのですが、これは普通にありえないことです。

裕福だった清太は戦時下の厳しい生活に対応できなかったのではないでしょうか?

もしかしたら、節子のそばを一時も離れたくなかったという可能性もあるでしょう。

ただ、清太が働かなかった原因は、裕福だったこと、精神的に未熟であったことが関係しているでしょう。

気になる方はもう一度見直してみてください!

「火垂るの墓」は何回観ても良い映画なので、時間があるときに観てみてください!