村田沙耶香による「コンビニ人間」は、感情表現が乏しく、「普通」が理解できず、周囲に合せることが困難な主人公の葛藤を描いた作品です。

本作品が芥川賞を受賞すると、書評やネット上の書き込み等々に、「この主人公の人間像は、発達障害、アスペルガー症候群を描いたものではないか」、という感想が多く見られました。

ここでは、作品内の主人公の言動や行動パターンを、アスペルガー症候群の定義や症例と照らし合わせて、作品的な分析を試みようと思います。



発達障害、アスペルガー症候群とは

さて、より正確に言うと、発達障害の一つである、アスペルガー症候群は、現在、医学的な分類の上では、自閉症スペクトラムに含まれる、先天的な脳機能障害のことです。

イギリスの精神科医であるローナ・ウイングは、「3つ組の障害」と言われる、以下の3つを定義しました。

(1)社会的な問題(社会で適切に振る舞うことの難しさ)
(2) コミュニケーションの問題(円滑に理解することの難しさ)
(3) こだわりの問題(こだわりが強く柔軟に想像・思考することの難しさ)

さて本作品の主人公、古倉恵子の場合はどうでしょうか? 上記の「3つ組の障害」に当てはまりそうな部分をまとめました。

社会的な問題 (社会で適切に振る舞うことの難しさ)

・幼少時代から「普通」が理解できず、周りに溶け込めません。

公園で死んでいる小鳥を見ても(かわいそう)という感情が理解できず、焼き鳥にして食べようと言って親を絶句させます。

なぜ、公園で死んだ小鳥は(かわいそう)で、家族で食べる焼き鳥や唐揚げはおいしく食べて良いのか、情緒的な理解ができないのです。

 

・クラスの男子の喧嘩を止めるよう言われ、「そうか、止めるのか」と思い、スコップで頭を殴ってしまいます。

目的のために適切な手段を選ぶことができません。

 

・彼女は36歳の独身で恋愛経験がありませんが、元同僚でダメ男の白羽さんを自分のアパートに招き、唐突に婚姻の提案をします。

これは友人に、2週間で14回も何で結婚しないの? と言われ、<皆が不思議がることを人生から消去したい>という、ただそれだけの理由でです。

 

・コンビニエンスストアの業務マニュアルは、「店員」としての行動ルールです。

彼女にはこのような具体的で明確な指示が必要です。

笑顔のポスターを見ながら、顔の表情や声のトーン等を事細かに指示される中で、彼女はこれが店員として「普通」だと教えられ、ただひたすらその通りにします。

しかし、休みの日であっても「店員」としての自分しか存在しません。

完璧なマニュアルで「店員」になることはできても、マニュアルの外ではどうすればよいか、わからないのです。

コミュニケーションの問題(円滑に理解することの難しさ)

・同級生数人と結婚や就職の話になります。

なぜバイトをしているのかと聞かれ、「あんまり身体が強くないから、今もバイトしている」と、妹に作ってもらった言い訳でセリフのように答えます。

身体が弱いと言いながら毎日立ち仕事をしているのをおかしいと思いながら、他の答えができません。

恋愛話の際には、ないよ、と頑張って即答し、そのせいで同性愛を疑われるのですが、「とにかく、私は身体が弱いから!」と全く同じ言い訳で強引に押し通します。

当然ですが会話は成立しません。

こだわりの問題(こだわりが強く、柔軟に想像・思考することの難しさ)

・こだわりとしてみられたのは、自分がお店に入ってからの時間を電卓で叩いて、15万7,800時間が経過した、と計算をしたり、また、店の様々な音(チャイムやレジや小銭の音等々)への過敏さだけでした。

アスペルガー症候群のこだわりの問題は、興味があることにだけ過剰に熱中したり、規則性のあるものに異常な執着を見せ、そこから逸脱することを極端に嫌う性質のことですが、本作の主人公にはそういった傾向は見当たりませんでした。

「コンビニ人間」の主人公は、アスペルガー症候群ではない

さて、「コンビニ人間」の主人公が、発達障害、アスペルガー症候群なのかどうかは、作品内でも一切明かされておらず、フィクションなので想像するしかありませんが、少なくとも社会的に適合しにくい要素があるのは確かですね。

また、広義での発達障害の傾向がある、とは言えるかもしれません。ただ、私は、「アスペルガー症候群」ではないような気がしています。




アスペルガー症候群と感情

まず、アスペルガー症候群の方は、主人公のように、感情が乏しい訳ではなく、むしろ、感情の処理がわからずパニックになったり、コントロールに苦慮されていることが多いと聞きます。

(※ 自分の感情がわからなくなる失感情症(アレキシサイミア)という障害がありますが、これはアスペルガー症候群と併発しやすい二次障害としてですのでここでは言及しません。)

また、症例によりますが、空気が読めなかったり、他人の感情を察することが苦手な傾向にあるものの、この主人公のように、社会一般の「普通」が全く理解できない訳ではありません。(これは当たり前ですね)

アスペルガー症候群とコンビニエンスストア

みなさんご存じの通り、現代のコンビニエンスストアの業務は非常に多岐に渡ります。

限られた時間と人数の中で、販売接客をこなしながら、発注や補充や清掃等も効率良くこなさなくてはなりません。

商品情報は頻繁に切り替わり、キャンペーン等も行われています。また実際の接客は、マニュアル前提の上での、より柔軟なサービスが求められます。

どちらかというと、アスペルガー症候群の方は、ルールを必要とするものの、その変化には弱く、優先順位を決めることが不得手です。

シフトを急遽休んだ人に対して、彼女には怒りという感情がなく、ただ、困ったな、と思うだけ描写があるのですがこの辺りは、もしアスペルガー症候群であれば、ルール違反に対して、それによって計画が変わる事に対して、柔軟な対応ができないのではないか、と思いました。

また、アスペルガー症候群の方は、全体より細部にこだわる傾向があります。

それに対し、コンビニの業務は、様々な要因を考慮し、全体を俯瞰して動く必要があります。

主人公には、神業的に瞬時に店舗の状態や、客の細かい仕草や視線を読み取って、やるべき事を察知する能力があります。

傾向の度合いによりますが、こういったことはアスペルガー症候群の方は苦手なのではないでしょうか。

まとめ

本作品が、ここ最近の純文学としては異例の発行部数(50万部以上)を達成したのは、やはり現代人の普遍的な悩み(未読の方はぜひ読んでみてください)を象徴的に描いているからだと思います。

作者は、特定の症例を元に主人公を作ったのではなく、私たち全体に共通する、<ある種の社会に適合できない人間像>を、ここでは描きかったのではないでしょうか。